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松崎町2丁目に残る阿倍寺跡(あべでらあと)に、一本松とよばれる大きな松の木が、天高くそびえていたと伝えられています。そういえば、このあたりいったいは、むかしから阿倍野が原とよばれて、松林がひろがっていた土地です。
田畑が開かれ、家が建って、松林は少しずつ姿を消していきましたが、この老松(ろうしょう)は元気いっぱい、緑こい枝葉(えだは)を四方へひろげていました。有名な松でした。
1925(大正14)年に作られた天王寺村誌には、この松について次のように書かれています。(村誌163ページ)
「・・・一本松(四方松ともいふ)と呼べる老松高く天に聳(そび)ゆるあり。常盤通の稱(しょう)之(これ)より起(おこ)れるも、大正13年遂(つい)に枯死(こし)して枝葉を存(そん)せず、今は枯幹挺然(こかんていぜん)として天に沖(ちゅう)するのみ。・・・」
「一本松あるいは四方松と人がよんでいる古い松の木が、高く天にそびえていた。近くにある常盤通という名前は、この松から名づけられたものである。しかし、大正13年、とうとう枯れてしまって、枝や葉はなくなってしまった。今では、枯れた幹が、天に向かって立っているだけである。・・・」
次に、松と「常盤」という言葉との関係について、考えてみましょう。
「常盤」という語は、もともと、『とこいわ』、つまり、大きな平らな岩のように、永久に変わらないという意味でした。それが、やがて、1年じゅう緑の色を変えない木という意味になり、これを「常盤木(ときわぎ)」とよぶようになりました。ですから、1年じゅう色を変えない松の木は、常盤木です。そのうえ、今もお正月のしめかざりなどに使われるように、たいへんおめでたい木です。
校歌
