校長室から


                          あいさつ 

  

 
平成23年4月に校長として着任した清水啓行です。かって市岡中学校で勤務しておりましたので、懐かしい大好きな弁天地区に戻らせて頂き、心より感謝しております。私は二十数年中学校で勤務し、縁あって「特別支援学校」、「中学校」で教頭として勤務させていただき、今回本校に着任いたしました。


 
「中学校」での仕事が、いくらか分かりかけてきたかなとの、自信・自負もありましたが、それぞれ異なる校種での勤務は、最初とまどうことが多くありました。そこで思い出されたのが「不易流行」(ふえきりゅうこう)という言葉です。

 広辞苑によれば、『(芭蕉の俳諧用語)不易は詩の基本である永遠性。流行はその時の新風の体。共に風雅の誠から出るものであるから、根元においては一であるという。』とあります。俳句はご存じのように、五七五の十七音、世界一短い詩形です。絶えず新しい句材を求め、新しい表現を心がけないと、陳腐で類型的な句しか得ることができません。新しさの追求、これが「流行」。 一方「不易」は俳句としてある普遍の条件。例えば五七五の十七音形であるとか、季語の存在。切れ字、例えば「古池や蛙飛び込む水の音」の「や」など。幾つかの原則を不変の鉄則として守る、ということです。「不易流行」とは、「不易」と「流行」が出会い、一つの俳句の中で止揚(しよう)=アウフヘーベン=弁証法的発展(矛盾する諸契機の統合的発展)することによって「風雅の誠」として「一」に帰する。結実するということです。

 「不変」があるからこそ新しい世界と出会い、受け入れる。またそのことによって「不変」も磨かれ、鍛えられる。北島康介選手の著書に、『人生での選択に責任を持つのは自分自身でしかない。後悔しないためには、とことん自分の素と向き合うことだ。』とあります。彼自身スランプで伸び悩んだ時に、「あれ、こんなこといってたっけ」と、自分のその言葉に励まされたことがあるそうです。人も、新しい世界とのせめぎ合い、新しい自分への挑戦の中で、自分自身を見つめ、発見し、弁証法的発展をすることができるということでしょうか。

  そういう意味で、教育に携わる者は、絶えず「不易流行」を意識しなければならないと考えます。『「不易」と「流行」が出会い、統合的発展することによって「風雅の誠」として「一」に帰する。結実する。』子どもの育ちとして、地域のつながりの要として結実することを目指して取り組んでいきます。

                                             

                                             平成24年3月

                                                       校長  清水 啓行